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2007年3月31日 (土)

「ルワンダ・ホテル」

2004年イギリス・アメリカ・イタリヤ・南アフリカによって勢作された「ホテル・ルワンダ」はあの大虐殺の中でホテルの支配人として数々の困難に遭いながらも闘い1200人もの外国人や難民や孤児たちをミル・コリンホテルに匿い、護った支配人ポール・レセサバギナとその家族を追った物語で実話である。

ストーリーは1994年、ルワンダの首都キガリ。内戦は終息しかけ、和平協定が結ばれる寸前だが、フツ族民兵グループは独自にツチ族を粛清しそうな気配。外資系高級ホテル《ミル・コリン》の支配人ポールは、妻タチアナがツチ族なので内心不安だ。やがてフツ族の大統領が何者かに殺されたのを機に、民兵グループは国内各所でツチ族の虐殺を開始。ポールは家族と共に、国連平和維持軍に守られた《ミル・コリン》に立てこもると共に、多数の避難民たちを同ホテルで匿うことに。虐殺の激化に伴い、避難民はその数を増していき……。
1994
年キガリ ホテルルワンダ…支配人は日頃将軍に恩を売っていた。それはいざと言うときに助けてもらうことも考えての行動だった。
町では表向きは和平協定が成立しながらも、町では民兵達の不穏の動きが噂されていた。大統領機が撃墜されツチ族の仕業とニュースで報じられ炊いた。町では民兵がツチ族を探し回り、ホテルにも民兵が来た。全員外に出されいきなり銃を向けられる。ポールは妻子のために5万フラン、その他全員を10万フランで解放するよう懇願し難を逃れる。他のホテルは閉鎖され海外の客がぞくぞくとミル・コリンに押し寄せていた。さらに赤十字のアーチャーがツチ族の孤児たちを大勢バンに乗せてきて受け入れを頼むだり。さらにあと10人いるからと。ポールは最初はホテルの品格を落とさないようにと思っていたが孤児たちを入浴させ食事を与えるよう支持する。ホテルの門は国連の平和維持軍に護られてはいたが国連のオリバー大佐は介入はしないと。ポールはホテルがまるで難民収容所になっている事情を話し、何とか国連の施設に移すよう頼むが難民キャンプはいっぱいだと断られる。この頃になると仕事中にラジオ放送を聴いたり支配人の言う事を聞かなくなっている者もいた。海外のオーナーに頼みファックスで命令書まで送ってもらったりしていた。海外記者の部屋のエアコンの調子を見に行った時、虐殺の現場を映したビデオを見てしまう。記者はナタで殺している…したいの山だ!今晩のニュースに流せるかなどと電話していた。町は民兵達に包囲され皆殺しだとわめきながらまたまたホテルに傷ついた人々がなだれ込んできた。平和維持軍は銃で戦おうとするが銃はやめろと命令される。オリバー大佐は欧州各国で組織する介入軍が数日後くるから部屋を用意してくれとか。ポールは赤十字のアーチャーが連れてきた孤児を受け入れながら、代わりに兄の消息を調べるよう頼んだりしたが兄夫婦は見つからない。アーチャーは孤児院で子供が殺される寸前「お願い助けて…ツチ族をやめるから…」と言う言葉を聞いたと…ポロポロと涙を流しながら話す。ポールはもう直ぐ介入軍が来て孤児たちは移送すると話す。何台ものジープがきてこれで安心と思ったが逆だった。ポールは嘆き悲しむ人々をホテルの中にいれる。朝まだ目も覚めやらぬときポールは顔にピストルを突きつけられたりもして驚くがビールでもてなし急場をしのいだ。政府軍が来て全員外へ出され、宿泊名簿を見せるよう言われる。ポールはもう駄目だろうとオーナーに電話し、別れの挨拶をする。オーナーは危機が迫っていることを感じ電話は保留のままいつでも繋がる状態にしておいてくれたりした。後で分かった事であるが、実はフランス大統領府に電話したらしくポールは突然見逃されたのだった。フランスも英国もアメリカも救出には来ない…自衛しかない、私達の危機をそれぞれの国に伝えよう、そして別れを告げようという。民兵はココが4星ホテルだと知っている。将軍には空から米国がスパイ衛星を使って監視しているなどとうそを言ったりもした。将軍は部下を統率していて偉い!などと褒め、言う事を聞かないで昼間から酒を飲んでいる従業員に水をかけたりしてもらったりもした。日頃取引をしているところへ物資を仕入れに行くと「君のホテルには重要な裏切り者がいる。引き渡せば身内のゴキブリは逃がそう…分かるな!と言われポールは自分の妻がツチ族であると知られていると感じる。帰りには川沿いを走れ、検問が無いからと教えてもらった通り行くと夜の道はよく見えなくガタガタしていて変だと思って降りて見ると何と死体がごろごろ転がっていて驚き引き返す。ポールは気持ち悪さと恐ろしさに一人部屋で泣き崩れるが従業員が呼びに繰れば泣いても居られなかった。その夜妻(タチアナ)に民兵が襲ってきたら子供達と一緒に飛び降りろ…ナタで殺されるより増しだと頼むのだった。国連の大佐が良いニュースだといって飛び込んでくる。みんなの電話作戦が成功したと。そして何家族の名前が呼ばれ次の家族に出国ビザが出たと。(この時点ではビクトリア湖では4万人の遺体を収容と報じていた) ポールは出国の準備をしていたがトラックが出る寸前になって残された人を思い自分が行くわけには行かないと残ることを決心しトラックに乗らなかった。タイアナと子供達は騒ぐがトラックは発車する。しかしすぐにラジオ局からは裏切りのゴキブリがミル・コリンホテルから逃げたと報じられ、ポールは支配人を恨む者の仕業と知る。ポールは将軍に助けを求めるが見返りを求めてきた。人道援助団体の報告ではツチ族の反乱軍の進攻でフツ族難民がコンゴに避難していると(今までとは逆の状態になっていた)。近年で最大の難民と。反乱軍(ツチ族による愛国戦線)は町を半分制止、フツ族の軍に取引を提案した。フツ族の捕虜と引き換えにホテルに居る全員を安全地帯に移すという取引だった。しかし準備には2日掛かるという。ポールは2日経ったら全員死んでいるだろうと思っていた。それまでは助かる道は将軍に見返りを渡し助けてもらう以外に道は無いと思う。金目のものを取りにホテルに戻る。将軍はギタラマの本部にポールを連れて行ってやろうと言うが断り、ここでもピストルを突きつけられながらももうしんでもいいと思ったのか遠慮せず将軍に言うべきことを言い出した。将軍は訴追されると。胸に五つ星を着けているだけで戦犯リストに載るとか。もし私が残れば証人になるが、でないと将軍は虐殺の首謀者となるとか…いわれた将軍は立場が逆となりホテルに引き返す。この時のポールはすごかった!ホテルでは既に全員がだされ危機一髪で将軍の命令で止められた。ポールは妻と子供達を捜すがいない。てっきり約束していた通り飛び降りたと思っていたがバス(湯船」の中に潜んでいた。そして安全なところへと全員を乗せ国連のトラックは進む…途中民兵と反乱軍が銃で戦っている。途中ポールは赤十字のトラックが仰向けに倒れているのを見てアーチャーは死んだと知る。やっと難民キャンプに到着し兄夫婦とは会えなかったが子供達と会うことができる。ポール・レセサバギナは1268人の避難民をホテルに匿った。今はベルギーで暮らしているビジムング将軍は戦犯とされルタガンダは終身刑になる。フツ族の軍と民兵はコンゴに逃げた。彼等が去った後には100万もの死体が残された。ハラハラドキドキしんがら観た映画でしたが苦しさに耐え勇気と優しさとで大勢の人々を救い家族を助けすごい人で感動しました。

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